講師紹介






名前 渡邉雄蕉
性別 男性
血液型 O型
住所 横浜市
趣味 日本の歴史研究
古代史研究に独自理論を
展開

出版を準備中


渡邉雄蕉独自の歴史理論を
考案、構築
会社勤務の傍ら、
在野研究50年
ついに歴史理論を固める
考証歴史学
歴史観を確立し
社会に還元する活動を計画
いよいよ始まる
右の小論を主張します
賛同する方に教授します
 歴史観の確立(考証歴史学)

 私は、歴史観を持たなければ、一人前の大人にはなれないと考えています。二十歳になった
から、大人になれるわけではありません。

 仮に、頭脳明晰で、良い学校に進み、良い会社に入り、人生がうまくいったとしても、歴史
観を持たない人間は中途半端な人生で終わります。人間として、満足できませんので、完成し
ません。

 そういう人は、老人になってから、心に悩みが生まれます。その解決方法も、自分ではわか
りませんので、宗教に関心を持ちます。そうなったら、愚かです。人生のことは、自分で解決
しなければなりません。どうして、そうなるのか、そのあたりのことを考えてみます。

 私の趣味は歴史です。趣味と言いますと、やってもやらなくてもよいようなものですが、本
心は、歴史に取り組むのは人生の責務と考えています。そういうと、変だと思われますので、
趣味と言っているだけです。


 歴史を知らなければ、生きていても、満足できません。あるいは、納得できません。
皆さんが各地に旅行に行くのは、何のためですか。それは、その土地の状況と歴史を知るため
です。過去に何があったのか、それを知れば、知恵がひとつ増えます。

 一般的に、日本の歴史は、日本を支配する政権のあったところを知ることが、中心になりま
す。政治は全国に影響を与えますので、その中心地の情報を知ることが、日本全体を理解する
ことにつながります。

 しかし、地方には、地方の暮らしがあり、人々の生活の積み重ねがあります。その土地の生
活環境を利用して、驚くほど、多彩な知恵があったことが分かります。

 歴史は、学校で学びますが、暗記することが中心です。自分で考えることはありません。で
すから、歴史は嫌いだという人も多いです。

 学校で学ぶ歴史は、何年に何があったかということです。さらに厄介なのは、昔の人が、何
をして、どのような影響を与えたかというようなことです。昔の出来事ですから、こういう知
識を覚えていても、現代には何の役にも立ちません。


 この理由を述べて、嫌いだという人もいます。それも一理ありますが、役に立つように覚え
る方法を知らないとも言えます。そこで、私が唱える歴史観をもてば、様々なことを応用でき
て、役に立ちます。


 歴史は現代とつながっています。毎日の積み重ねが歴史になります。しかし、ここに落とし
穴があります。

 事実の積み重ねが、歴史とは限りません。歴史とは、誰かの頭の中で、整理され、そこから
紡がれたものです。つまり、歴史は一次的史料ではなく、二次的史料です。ここに注意しなけ
ればなりません。

 そして、一次的史料は、真実を知るだけのものが揃うことはありません。もともと、そうい
うものです。というのは、真実を後世に伝える努力をしている人はいません。従いまして、後
世の人が過去の真実を知ることは、不可能になります。


 近代に至るまで、あらゆることは秘密でした。あるいは、自分に不利な証拠は隠滅しまし
た。火災があれば、貴重な資料が焼失し、文化財なども、破壊されて、失われました。それが
当たり前で、誰も疑問に思いません。

 ですから、過去の真実を証拠に基づいて知ることはできません。偶然、残された遺物をもと
にして、過去の時代を推測するしか、手段がありません。


 文明の歴史を書いた優秀な歴史家もいました。しかし、全部、真実が書いてあるわけではあ
りません。集めた資料の中には嘘もあります。それを注意深く取り除き、正しいと思われるも
のを書きました。しかし、そういう人も、個人的名声を残したいと考えて、後世を欺くような
ことをしたかもしれません。

 すべての人間は、個人の欲望に支配されています。ですから、すべてを鵜みにはできませ
ん。いや、こういうことがあるので、歴史はますます面白くなり、興味は尽きません。


 これから、私が取組んでいる歴史学についてお話しします。あえて、名前を付けるとすれ
ば、考証歴史学となります。私の雅号を付けますと、雄蕉歴史学となります。


 歴史は、実証史学です。物的証拠があり、それを解釈する学問です。ところが、実際には、
物的証拠は少なく、その時代を理解するためには不足しています。そういう場合、歴史学者は
不明として処理します。分からないとして、平然としています。仮に、他の人が想像を加えま
すと、それは妄想にすぎないとして、切って捨てます。

 これでは歴史の全体像が見えませんので、面白くありません。すると、一般国民の興味が薄
れまして、社会を理解する能力が軽くなります。


 これを救う手法が、考証歴史学です。まず、全体像を明らかにします。詳細は分からないこ
とがありましても、全体の仕組みや主要な動向、後世に与えた影響などを分析します。

 現在の歴史学は、細分化されていまして、木を見て、森を見ずという状態になっています。
考証歴史学は、細分化しません。全体を構成する要素として、細かいところも研究します。た
だし、すべてのところに目配りすることはありません。これは素人だから、できることでもあ
ります。


 歴史史料を扱うときは、三つのことに注意します。ひとつは、歴史を執筆する人が、史料不
足で、曖昧なこと、誤ったことを書くかもしれません。これは、ある程度、やむをえません。

 もうひとつは、何らかの意図がありまして、故意に事実とは異なることを書く場合です。自
分の正統性を保つために、嘘を書く場合もあります。ですから、書いてあるから、事実とは言
えません。

 もう一つ付け加えますと、大事なことなのに、書いてないこともあります。これも、うっか
りしたのか、故意に書かないのか、見分け方が難しいところです。

 ですから、歴史は客観的に観て、正しいのかどうか、です。そのためには、物的証拠が必要
です。文献史料があれば、それが基本になります。こういう情報をもとにして、歴史を再構成
します。


 後世の人が正しく理解できるように、歴史史料は揃っていません。特に、当時の常識は分か
りません。というのは、常識を書く人はいません。ということで、千年前の常識は分かりませ
ん。

 これを歴史学では、どう扱いますか。物的証拠がなければ、議論できません。研究対象にも
なりません。文献資料がなければ、考える対象にもなりません。そういう時は、不明といって
片づけます。

 これでは、ある時代の至る所が不明となりまして、正確に理解できません。ほとんどわから
ないことばかりで、分かることは少しだけということになります。


 私が主張している考証歴史学では、これを避けるために、一番合理的なことを推定します。
その手順は、第一に、文献や物的証拠のような事実に近いとされる証拠を集めます。第二に、
伝説や言い伝えのような昔話など、あやふやなものを集めて、参考にします。第三は、二次史
料の活用です。数百年後の史料であっても、当時の人がどのように見ていたのか、その考えを
参考にします。

 まとめ方としては、合理的な解釈を優先させます。たとえば、証拠品がないときは、なぜ、
ないのかといったふうに考えます。こういうことは、歴史的な意味で、合理性を重視します。

 これは、古代から、人間の知恵は変わらないということを前提にしています。ただし、自然
科学に対する知識は大きく異なりますので、注意する必要があります。また、すべての人は、
当時の社会常識にとらわれていますので、そこも留意します。


 もうひとつ、分からない時代を解析する手法を紹介します。それは作業仮説と言いまして、
分からない出来事に対しては、仮説を提示することです。

 すなわち、検討する対象に対しまして、条件を設定したうえで、その結末を解釈します。勿
論、条件が異なれば、別の解釈が生まれます。

 こうすることで、皆目見当がつかない出来事でも、見方を示せます。これで、歴史観を立ち
上げまして、歴史全体を理解します。

 ただし、設定した条件が覆れば、結論も変わります。その場合は、新しい事実の発見によ
り、歴史を訂正することになります。


 この手法をとることで、いつの時代についても、証拠がほとんどない時代でも、仮説を提示
することができます。こうすれば、連続した歴史を理解できます。

 天武天皇以前の社会については、手がかりがほとんどありません。数少ない証拠を集めまし
て、前述した手法により、当時の社会情勢を理解します。できるだけ、合理的に考えることに
します。


 最後に、歴史観についてお話しします。これは歴史を理解するための心構えのようなもので
す。あるいは、思想と呼ぶべきものです。それは人間の生き方でもあります。

 人生で、何を大切に考えて生きたのか、それをもって、歴史を眺めることです。ところが、
これを明確に書いたものはありません。ですから、昔の人の行動から、推測するしかありませ
ん。


 私が話している内容は、勝手に空想したものではありません。事実に基づいて、あるいは仮
説に基づいて、お話を進めています。

 日本の古代史につきましては、不明なことが多いため、突飛なことを主張している本も売ら
れています。例えば、聖徳太子は日本人ではないといったようなことです。しかし、この主張
を裏付ける合理的なものはありません。ほとんど空想です。


 これに対して、考証歴史学では、証拠がない場合は、排除します。聖徳太子が日本人ではな
いという合理的な史料が全くありませんので、否定します。

 考証歴史学では、作業仮説を明示して、反証可能なものにしています。ですから、作業仮説
におかしいところがあれば、それを指摘して、反対することもできます。

 今後のテーマは、日本人の歴史観を形成するために、時代にとらわれずに、議論を進めてま
いります。どうもありがとうございました。